安芸市営球場

(ゲスト寄稿/広島県・いの一番さん)

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2002年7月1日、高知県に新しい鉄道路線が開業した。JR土讃線の後免駅から土佐湾沿いに奈半利町まで走る「土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線」である。

この路線は、途中安芸市営球場のすぐ近くを通り、そこにはその名も「球場前」駅が設けられた。鉄道乗りつぶしと球場めぐりを趣味にしている筆者としては、すぐにでも行きたいところであったが、開業直後は乗客が多く乗りにくいし、球場も確実に入れる時がいい。そうなると最適なのは2月の阪神キャンプ時である、ということで2003年2月に現地を訪れてみることにした。

2003年2月9日(日)の朝、筆者は球場前駅に降り立った。前日降っていた雨は夜のうちに上がり、雲ひとつない青空が広がっている。予想最高気温は約20℃と、キャンプ見学には申し分ない天気だ。

ホームに降りるとまず耳に入ってくるのは阪神の応援歌「六甲おろし」だ。列車がホームに入った時には既に一番が始まっており、二番、三番と続いていく。しかもかなりの大音量で頭痛がしてくるほどだ。もしかして四六時中流しているのかとも思ったが、フルコーラス流れたところでようやく止まったので列車の到着に合わせて流していることが分かる。雰囲気を盛り上げたい気持ちはわかるが、もう少し控えめな音にしてほしいという気もする。

次に迎えてくれるのはこの駅のキャラクター「球場ボール君」で、駅名標にイラストが描かれ、築堤上のホームから階段を降りたところには人形も立っている。デザインは高知県出身のマンガ家、やなせたかし氏だ(余談だが、この線は20駅すべてにやなせ氏によるキャラクターが設定されており、それを見るのもなかなか楽しい)。

ユニフォームは縦ジマで、阪神をイメージして作られたことは一目でわかる。そして振り返って見ればそこには阪神のマスコット、トラッキーとラッキーの絵が掲げられており、この駅はまさに阪神一色という感じである。

「球場前」駅名票 球場ボール君
 
トラッキーとラッキー

駅から球場までは数分ほど坂道を登る。途中には「歓迎! 阪神タイガース」と書かれたゲートや「がんばれ阪神タイガース」と書かれた幟があり、キャンプ地に来たことを実感する。しかし絶好のキャンプ日和で日曜であるにもかかわらず人通りは少なく閑散としている。途中にあるグッズの売店も暇そうだ。ちょうど選手達がタクシーに乗って球場にやって来はじめたが、数人の少年ファンがその周りに集まるだけである。

人気球団阪神のキャンプなのになぜか…。といえば、ほとんどの方は日付で既にお気付きかと思うが、実はこの日安芸市でキャンプをしていたのは阪神の2軍なのである。


球場への坂道

周知のとおり、阪神は2003年から1軍キャンプは前半を沖縄県宜野座村で行い、安芸市にやって来るのは2月14日からということになった。そして2軍は1軍が来るまでは安芸市におり、後半は室戸市に移動するという日程になったのである。そのため、これまでならたくさんのファンで賑わっていたはずの日曜日も、人出は少なく静かな雰囲気なのであった。

坂道を登り切るとライトポールの下で、ここが場内への入口だ。一塁側スタンドに入り球場全体を見渡す。筆者はこの球場に初めて来たのだが、むさしさんも書いておられるように確かに古く、そして窮屈だなというのが最初に感じたことだった。

なぜ窮屈に感じるかといえば、この球場は斜面を掘り下げて作られていて敷地に余裕がないためだ。ライトスタンドは存在しないし、内野スタンドも三塁側こそ10数段あるものの一塁側は7段、ネット裏に至っては4段である。ファウルグラウンドも普通の球場より狭いような気がする。

こんな球場が本当に人気球団阪神のキャンプ地で、オープン戦とはいえ1軍レベルの試合も開催されているのか? と思うのは筆者だけではなく、実際に行った人なら多くの人が同じ気持ちになるだろう。

三塁側からライト側を望む 一塁側からレフト側を望む

ただ、この球場も老朽化が進んだことから、2002年に国体の会場になったのを契機に大掛かりな改修が行われている。それらから主なものを3つ挙げると、まずグラウンドが拡張された。センターの118mはそのままだが両翼は92mから96mになった。2つ目はスコアボードの改築で、従来は得点表示しかなかったものに打順表と審判名が加わり磁気反転式になった。3つ目はスタンドの改修でコンクリート階段に長イスが設置された。ちなみにイスの色は甲子園球場と同じく、ネット裏が緑、一塁側が黄色、三塁側がオレンジになっている。

三塁側スタンド 一塁側スタンド

さて、時刻は10時近くになり、選手達がグラウンドに姿を現した。全員がライトの守備位置付近に集まり、カツノリと吉本が朝のあいさつをして練習開始である。この時点で観客は50人ほどであった。掲示されている練習メニューを見ると11時頃まで体操やランニング、その後キャッチボールが始まり昼からが打撃練習や守備練習という予定になっている。

筆者は三塁側スタンドに座って練習を見ることにした。ここからはライトフェンス後方に土佐湾を望むことができる。青い海に太陽の光が反射してとてもいい眺めだ。考えてみれば全国に数ある球場の中でもこんな海の景色がスタンドから見えるところはそんなにはないだろう。グラウンドで行われているのは単調な基礎練習なので、好天とも相まって眠気を催してくる。筆者は半分は海を眺めながらアクビをしつつ、1時間ほど練習を見学し、11時過ぎの列車で球場を後にしたのだった。

なお、本稿を書いている2003年9月現在の情報では、阪神の2004年キャンプは1軍が前半を宜野座村、後半を安芸市、2軍は前半を安芸市、後半を高知市で行うとのことだ。ただし、宜野座村での滞在期間は2003年より長くなるそうで、その分安芸市でのキャンプは短くなることになる。

かつては"キャンプ銀座"とまでいわれた高知県も、2004年にキャンプを行うのは阪神の他には西武の2軍だけになった。そして、唯一の1軍である阪神もキャンプ縮小の動きということで、地元には相当の危機感があり、安芸市では2004年キャンプまでに、球場のネット裏に監督室、ミーティングルーム、食堂などを新設し、エレベーターまで設置するのだそうだ。

しかし、いくら設備を改修しても気候だけは変えることができない。一度温暖な地の味を知り、その結果が優勝という最高の形になってしまった現実を考えると、引き止めるのは困難であろう。おそらく近い将来阪神が安芸市から完全に撤退するのはかなり高い確率だと思われる。地元関係者にとっては非常に厳しい事態になることが予想されるが、残念ながらこれが時代の流れなのだろう。

(2007年追記)
上記の文章は2003年に書いたものですが、その後も阪神は安芸市でのキャンプを続けており、筆者の予想は完全に外れてしまいました。大変失礼しました。

 

<おまけ 土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線について>
JR土讃線後免駅から奈半利駅まで土佐湾沿いに走る42.7kmの路線。ほとんどが高架か築堤で、土佐湾の眺めが非常によく、海側がオープンデッキになった車両も運転されている。また、やなせたかし氏のキャラクターも楽しい。

列車の多くは後免から高知まで乗り入れており、高知から球場前までの所要時間は約1時間、キャンプ期間中は快速も臨時停車する。球場に行かれる際はぜひ乗車して、景色も楽しんでいただければと思う。

あき うたこちゃん ごめん えきお君
 
やす にんぎょちゃん

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