坊っちゃんスタジアム
(ゲスト寄稿/広島県・いの一番さん)
2003年11月23日、坊っちゃんスタジアムで「プロ野球OBオールスターゲーム」(日本野球機構主催)が開催された。かつての名選手達が一堂に会し、パOBとセOBに分かれて試合を行うという企画である。
筆者はこの試合を観戦するため2年ぶりに松山を訪れたが、球場周辺には2年前になかった施設が立ち並び、球場自体にも改修箇所があるなど、雰囲気が一変していたことには驚かされた。
この球場については、むさしさんが2001年3月に行かれた時の様子を紹介しておられるが、その後整備された施設が多数あるので、2003年11月時点の状況についてお伝えしよう。
<球場周辺の施設整備>
2年前、球場周辺にはテニスコートと運動広場があるだけだったが、今回訪れたところ、次のように施設整備が進められていた。
■市坪駅の改良
球場の目の前にあるJR予讃線市坪駅は、1964年の開業以来、線路は単線でホームは1本という簡素な駅だった。しかし、球場へやって来る乗客をスムーズに輸送する必要が出てきたため、2002年7月のオールスター戦開催に合わせ、行き違い設備、ホーム及び留置線の設置が行われた。留置線に車両を停めておけば、試合終了後すぐに臨時列車が運行できるというわけである。

また、球場の最寄り駅であることを強調するため、駅には「野球(の・ボール)」という愛称がつけられた。これは野球を愛した松山出身の俳人、正岡子規が、自分の幼名である升(のぼる)に「野球(の・ボール)」という字をあてて、ペンネームとして使用したことによるものだ。駅の看板とホームの駅名標はレトロ調の字体で「市坪(野球(の・ボール))」と表示され、子規の写真も掲げられている。
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| 市坪駅看板 | 市坪駅駅名標 |
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| 市坪駅構内 | |
■マドンナスタジアム
メイン球場の坊っちゃんに対するサブ球場という位置付けで、2003年6月に完成した。グラウンドの広さはメインと同じく両翼99.1m、センター122mだが、外野は人工芝になっており、フェンスの高さもそれほどではないところは異なっている。2000人収容の内野スタンド、4基の照明塔、スコアボードや場内放送設備もあり、サブとはいいながらしっかりとした作りである。
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| マドンナスタジアム | |
■屋内運動場
40m×50mの人工芝グラウンドを持つ施設。天井が高いため、野球やソフトボールのちょっとした練習が可能だ。この他フットサル、ゲートボール、グラウンドゴルフ、運動会等にも使用できるとのことだ。

屋内運動場
■愛媛県武道館
球場一帯の松山中央公園は松山市が整備しているが、唯一これは愛媛県の施設である。武道館というイメージを出すため和風建築になっており、木材が県内産であるのをはじめ、瓦は菊間瓦、外壁は大島石、タイルは砥部焼といった具合に、県産品が多く使用されている。
60m×40mのアリーナは2896席のスタンドを持ち、その他柔道場、剣道場、トレーニング室などがある豪華な施設だ。事業費は坊っちゃんスタジアムとほぼ同じ138億円だそうである。

愛媛県武道館
<球場の施設整備>
■野球歴史資料館「の・ボールミュージアム」
前稿でむさしさんが紹介されているように、球場開所時には正面入口左側に「まつやま野球ランド」が開設されていた。しかしその後ここはスペースが拡張されるとともに、名前も「の・ボールミュージアム」と変更され、次のような展示内容になっている。
●プロ野球エリア(正面入口左側)
・ 2002年7月13日に行われたオールスター戦に関する資料
・ 愛媛県出身の野球殿堂入り者の紹介
・ 寄贈品、寄託品の展示 等
●愛媛の野球エリア(正面入口右側)
・ 愛媛県の野球歴史年表
・ バットを持って構える正岡子規の像
・ 高校野球名場面シアター 等
野球に関する資料館というのはあるようでなく、歴史を大切にする松山市の姿勢は評価される。開館時間は9時から17時、休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)、入館は無料である。
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| オールスター戦の展示 | 愛媛の野球エリア展示室 |
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| 正岡子規の像 | |
■スコアボードの改修
球場開所時のスコアボードの表示方法は磁気反転式だったが、2002年のシーズンから電光式に変更された。この理由は、オールスター戦開催に向けた下見のため2001年に日本野球機構の関係者が現地を訪れた際、磁気反転式では見えにくいという指摘をしたからだそうだ。
磁気反転式は電力消費量が少ないという利点があり、筆者自身はそんなに見えにくいとも思わないが、オールスター戦を絶対に成功させなければならないため、松山市側は指示に従ったとのことだ。

スコアボード
<当日の模様>
最初にも書いたように、当日の試合はかつての名選手達が一堂に会し試合を行うというもので、パの大沢啓二監督、セの古葉竹識監督のもとに合計約60名の選手が集まり、好プレー、珍プレーを繰り広げた。
この日は非常によい天気で観客は23000人と上々の入り、愛媛の野球熱の高さを感じさせた。試合はパが西崎幸広、セが西本聖の先発で始まり、1回表、セがいきなり4点を先取して、これは打撃戦になるのか、と思ったがその後は両チームとも無得点のまま7回表まで進んだ。そして7回裏に出てきた内藤尚行と斎藤明夫が大誤算、連打を許したあげく、高橋智に満塁ホームランを浴び何と10失点、これで勝負がつき、結局10−4でパOBが勝利した。
優秀選手には、高橋の他、西本、金村義明、池山隆寛の各選手が選ばれ表彰された。なお、この試合の5回終了後、松山出身の名選手、千葉茂氏の追悼セレモニーが氏の遺族も参加して行われた。日本プロ野球界に大きな功績を残し、晩年は松山でのオールスター戦開催に尽力した氏の冥福を祈り、場内一体となって黙祷を捧げたのだった。

OB戦の模様
また、試合終了後、グラウンドでは明治時代の野球を再現した「の・ボール野球大会」が行われた。選手は地下足袋を履き、審判は羽織はかま姿、ルールもワンバウンドでフライを捕ってもアウトになるなど、現在の野球とは全く異なっている。この日は松山市の募集した一般参加者に、地元出身の藤原満、西本聖両氏も加わりレトロな野球を楽しんだ。市ではこれを普及させてリーグ戦を開催する構想もあるそうで、将来は市内のあちこちで、「の・ボール」が見られるようになるかもしれない。

の・ボール野球大会(投手は西本聖氏)
<終わりに>
球場のある松山中央公園では現在も施設の整備が進んでいる。2004年12月には5000人収容のスタンドを持つ多目的競技場が完成する予定で、ここでは自転車競技やコンサート等のイベントが可能である。現在市の中心部で行われている松山競輪が移転してくるそうだ。2005年6月にはプールも完成の予定で、全国有数の総合運動公園が誕生することになる。坊っちゃんスタジアムは公園の中核施設として、また愛媛県だけではなく四国野球界の拠点施設として大きな役割を果たしていくことだろう。