日本ハム多摩川グランド

開設年度はは不明だが、すくなくとも東映フライヤーズの時代からあった。場所は巨人多摩川グランウドから川を挟んで対面の神奈川県側。最寄り駅は東横線の新丸子。
両翼90m、中堅120m、照明は無し。スコアボードは一塁ベンチ横にあり、ヒマな選手が得点をボードの釘に引っかけていた。
公式記録も球団職員がプラカードのようなものを掲げて表示していた(「エラー」ならば「E」と書いたボードをかざしていた)。
観客席はグラウンド脇のわずかなベンチのみ、せいぜい20名分くらいなのではないだろうか。
ここの球場の特徴は、日本で最も「草野球に近いプロ野球場」。実際にすぐ隣で草野球をやっていた。
それと電車の音が異様に響く球場。バックスクリーンの向こうに東横線の鉄橋があり、バッターはすごく気が散ったのではないだろうか。
個人的な話だが、筆者はこのグラウンドに来るたびにしばしば便意をもよおした。それはここにはトイレが無いという脅迫観念があったからだろうか(簡易トイレはある)。
なお、選手との距離はもの凄く近い。着替えてる姿も目の当たりにすることが出来る(別に見たくはないが)。そして当時は日本ハムの寮も近くにあり、選手はユニフォーム姿のまま自転車通勤をしていた。
晩年には主に春季教育リーグの時に試合が行なわれ、二軍の公式戦は希にしか開催されなかった。1997年から日本ハムの練習場が鎌ヶ谷に移転したため、現在は日本ハムの試合が行われることはない。
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1999年8月26日、久しぶりに日本ハム多摩川へ行ってみた。グラウンドでは白いユニフォームを着た高校生らしき選手たちが練習をしていた。置いてあったバッグを見ると「KOMAGAKU」と書かれていた。
そしてグラウンドを眺めていると、ファイターズの帽子を被ったおじさんがやって来た。この人はグラウンドの管理人のようだ。少し話をしてみると、このグラウンドは現在も日本ハム球団の所有で、最近は主に「貸グラウンド」として使われているらしい。だがファイターズの選手もグラウンドの近くに今でも何人か住んでいるので、練習をしに来ることも有るとのこと。
また、先日の大雨でグラウンドが水没してしまい、ようやっと「メイングラウンド」だけ使えるようになったということを言っていた。実際、まだグラウンドの外はぬかるんでいて、筆者は足を泥の中に突っ込んでしまった。
なお、東京都側の土手の上には「多摩川台公園(八景を訪ねる)」という案内図があり、それに多摩川グラウンドが描かれているのたが、日本ハムの選手のユニフォームがオレンジ色の時代のものになっている。