浦添市民球場
さて、球場の概要を。開設時期は不明。グラウンドは両翼98m、中堅122m、照明設備は無し。スコアボードはバックスクリーンと一体になった手書きの横長なもの。観客席は、ネット裏のメインスタンドは背もたれ無しの独立型の椅子席で収容3461人、内野席は下部が長椅子、上部が芝生席で収容4943人、外野は全て芝生席で収容6095人の合計14499人。どうせなら芝生席の収容人員をもう1人増やしてキリのよい数字にすればいいと思うが…。
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| 内野席 (上半分が芝生席になっている) |
外野席 |
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| 横長のスコアボード | |
ブルペンはファウルエリアに各2人分。また、防球ネットが一塁側観客席最上部の通路前にあり、ここから立ち見をするとネット越しの観戦となってしまう。

スタンド最上部の通路前にネットがある
球場は傾斜地に造られていて、外野側がメインエントランスとなっている。そして球場のレフトスタンド後方の小高い場所に芝生広場があり、グラウンド全体が見渡せる恰好の「タダ見スポット」となっていた。この場所には試合中になると数百人もの見物者が見受けられた。
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| 外野側にあるメインエントランス | レフト後方のタダ見スポット |
この球場は2000年度からヤクルトスワローズの春季キャンプ地となっていることで、プロ野球ファンにはお馴染みである。また、1999年と2000年にはファーム日本選手権も行われている。
さて12時半にスタメンの発表。ヤクルトはほぼベストメンバーだが、横浜は鈴木尚、石井琢、谷繁といったレギュラークラスの名前がなかった。先発ピッチャーはヤクルト石井一、横浜バワーズ。
そして試合開始10分前になると、太鼓による民族舞踊が始まる。前日宜野湾で見たのと同じようなものだが、こちらのほうが人数は多い。ちなみに民族舞踊は、イニングの合間にスタンドでも行われていた。
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| 沖縄民族舞踊 | 試合中にはスタンドでも踊る |
そのあと浦添市の親善大使「ミスてだこ」などから両軍監督に花束贈呈、記念品贈呈。さらにサインボール投げ入れ、浦添市長による始球式などのおなじみのセレモニーが行われる。
定刻13時にスレイボール。1回表横浜は、2死満塁から6番多村のレフトオーバーの走者一掃の三塁打で3点を先制。さらに3回表には、前のイニングに打球を受け降板した石井一に替わって登板した宮出から、多村、ズーバー、金城、小川がタイムリーヒットを連ね、一挙5点を奪い8対0と試合の趨勢を決めた。
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| ネット裏から | 一塁側から |
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| 三塁側から | 外野から |
7回裏が始まる前に、一塁側スタンドで外国人が大声で「Take me out to the Ballgame」を歌いだした。このへんはいかにも沖縄らしい光景に感じた。また、外野席をみると、レフトスタンドには「九星会」というベイスターズ応援団が数人いたが、ライトのスワローズ側は福岡から来たと思われる応援団員1人しかいなかった。キャンプ地のわりにはさびしいものだ。

スワローズ応援団員
試合はその後、横浜が3点を追加、一方ヤクルトは7回裏に岩村の2ランホームランで2点を返すにとどまり、結局11対2で前日の中日戦同様横浜の一方的な勝利に終わった。試合終了は15時58分。
帰りは仲間入口から16時36分に55系統のバスに乗車。ここから乗り込んだのは筆者1人だけだった。そして17時27分開南で下車。運賃390円。前日同様「丸安食堂」に寄り、沖縄そば350円を食べる。

「丸安食堂」の沖縄そば
そのあと、2年前に行った「奥武山スポーツ」へ寄ってみた。あいにく店主は不在だったが、とりあえず店内を覗いてみる。石嶺和彦や波留敏夫のキャンプ使用バットや柴原洋のバッティンググラブなどが展示されていた(非売品)。また、沖縄水産、浦添商、興南高などのユニフォームも陳列されていたが、こちらは売り物だそうである。
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| 「奥武山スポーツ」の店内 | |
奥武山からバスで那覇空港まで行こうとしたが、全然バスの便がなくて結局45分かけて歩いて行った。空港に徒歩でアクセスしたのはこれが始めてだ。20時35分発のJAS558便で羽田に22時50分到着。